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SWITCHの日々の事

荒沢ダムの水没林を目指して〜思いがけず出会った大泉鉱山跡〜

 
 
 
 
先日、鶴岡市大鳥地区にある荒沢ダムへ出かけてきました。
目的は、以前から気になっていた「水没林」を見ることです。
SNSや写真で見た、水面から木々が伸びる幻想的な風景がとても美しく、
一度実際に見てみたいと思っていました。
 
 
 
今回は藤島方面から県道115号線を通って向かいました。
この道は私のお気に入りのドライブコースのひとつです。
のどかな田園風景が広がり、車通りもそれほど多くありません。
季節ごとに違った景色が楽しめるので、とてもおすすめです。
 
 
 
窓の外に広がる緑を眺めながらのんびり車を走らせる時間は、
それだけでも良い気分転換になりました。
 
 
 
期待を膨らませながら荒沢ダムへ向かったのですが、
残念ながら今回は水没林を見ることができませんでした。
後で調べてみると、見頃は5月頃なんだとか。
雪解け水でダムの水位が上がる時期に現れる景色で、
訪れた頃にはすでに水位が下がっていたようです。
 
 
 
少し残念ではありましたが、自然相手のことなので仕方ありません。
「また来年の春に来てみようかな」、そんな楽しみがひとつ増えました。
 
 
 
そして、水没林は見られなかったものの、
思いがけず興味深い場所に出会うことができました。
 
 
 
それが、大泉鉱山選鉱場跡です。
荒沢ダムへ向かう途中でGooglemapを見つけ、少し立ち寄ってみることにしました。
 
 
 
山の中腹に残る鉱山跡は、かつてこの場所が多くの人々で賑わっていたことを
感じさせながらも、今はひっそりと静かに佇んでいました。
緑に覆われた山の中に突然現れる巨大なコンクリートの遺構は想像以上に迫力があり、
思わず足を止めて見入ってしまいます。
 
 
 
現地の案内板によると、大泉鉱山の歴史は明治15年(1882年)頃に始まったそうです。
最盛期には地域の発展を支える重要な鉱山として栄えましたが、
大正7年(1918年)には大雪崩によって154人もの尊い命が失われるという出来事もあったとのこと。
その後、昭和12年(1937年)に再開され、「全山一家」という言葉のもとで地域とともに
発展を続けたものの、昭和54年(1979年)、鉱石価格の下落などの影響により閉山となりました。
 
 
 
案内板に掲載されていた当時の写真には、山あいに多くの建物が立ち並び、
人々の暮らしや活気が写っていました。
今目の前に広がる静かな風景との対比に、時の流れを感じます。
施設のほとんどは自然に還りつつありますが、残されたコンクリートの
構造物には当時の繁栄の面影が色濃く残っていました。
 
 
 
水没林を見ることはできませんでしたが、
思いがけず地域の歴史に触れることができた今回のドライブ。
目的地だけでなく、その途中で出会う景色や場所にも
旅の楽しさがあることを改めて感じました。
 
  
次は水没林が美しい5月頃に訪れ、この場所の違った表情も見てみたいと思います。
 
 
 
 

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